たの葉の物思い 

たの葉が思ったことです、主に本を読んだ感想、ときどき、それ以外

角川ソフィア文庫「日本文学の大地」

  著・中沢新一

 まえがきから、はっとさせられた。「古典文学を生み出した心的な空間の持つ最大の特徴は、その空間の中では自然と文化が分離されない」「近代文学は、「自然と文化の大分割」」

 著者のかたは、思想家であり人類学者。文学と歴史を見る視点、そしてその解釈・考察が、新鮮だった。手に触れられないもの目に見えないものも、個人を動かしている一部分として、社会を構成している一つの要素として、歴史を進めていく確かな一つの原動力として、認めたうえで、この国の文学を、歴史を、見ていく。そうすると、知っていると思っていた人や物事の、知らなかった考えたことがなかった側面あるいは深層が見えてきて、今、生きているこの世界がもっと広く感じられて、心地よかった。この本を読んでいるあいだ。

 心的空間。大地とのつながり。エロスの力。霊。幽玄。無形の流動体。そういうものの存在と共に、歴史を見ていくと、その時代がより興味深くなり、その流れが腑に落ちる。大伴家持という存在の矛盾が、より切なくなる。平安時代の政治的状況とは特殊だったのか。足利将軍家の時代に、今にまで残る芸術が生まれた社会的背景がわかった。

 東海道中膝栗毛。この時代の文化は、いつも潜在的に「旅立つこと」を、欲望していたのか。江戸時代の重く暗い側面が、この滑稽で軽薄な世界に潜んでいたとは。

 源氏物語好色一代男光源氏と世之介の違い、身分や出自ではなく。隠喩的な恋と換喩的な恋。マザコンセックス依存症などという言葉を使わずに、語られる、それぞれが女性を求め続ける内面的理由に、なるほど。

 宇治拾遺物語。成立してくれて、存在してくれて、よかった…。

 物語の起源、「モノの語り」。物語の存在意義について、考えさせられた。

 人形浄瑠璃。人形の背後に、こんなに深い世界があったのか。人形劇は、不気味で不思議な性格を持っていたのか。

 平安時代の貴族の女性たちの体内が、内面が、切なかったけれども。クグツの末裔としての遊女、遊女の哲学、「心は不動にして変化せず、執着してもならないし消費されてもならない」、菩薩一体説、これらのくだりも。わたしは、切なく感じた。