たの葉の物思い 

たの葉が思ったことです、主に本を読んだ感想、ときどき、それ以外

「三四郎」 著・夏目漱石

 (新潮文庫

 昔、よく小説を読んでいたころ。谷崎潤一郎川端康成三島由紀夫を、読んだ。夏目漱石は読まなかった。色気がない、悩んでばかりでつまらないと思っていた。なんて無知で不遜な。

 「悩んでいる」という一文は誰にでも書くことができる。だけど、悩んでいる人間の内面を、具体的に論理的に言葉で説明することは、簡単ではない、そして、魅力的に文章で表現することは、誰にでもできることではない。さらにその、今、生きている自分の悩みを、より深く追求していくことも。

 学校と学生が出てくる物語は苦手なんだけどなと思いながら読み始めた。自分の学生生活になんの実りもなかったという後悔を意識するから。だけど、読み終わって感じた後悔は、学生生活をもっと有意義に使うべきだった、なんてことより、もっと重い。

 広田先生。知っていくうちに、好感を持つようになったが、与次郎は逆。野々宮さん。リボン、封筒、美禰子、もっと見せてほしかった。

 哲学と警句の広田先生の、夢の話に、泣きたくなった。あなたは画。あなたは詩。広田先生のこういう一面は、夏目漱石のそういう作品、漱石自身のそういう面を、表しているのか。

 三四郎と美禰子の、分れ。迷える子の、結末?

 一緒に掃除をした。同じ空を見た。絵葉書を受け取った。手が触れた。お金を貸した借りた。見つめ合った。明瞭な関係は、なかった。だけど、あるいはだからこそ、泣きたくなった。

 与次郎は「惚れた」「夫」という言葉を使ったけど。直接的な意思表示や具体的な言葉はない、日常生活の何気ない一幕にも見える、若い二人の交流が、心に残る。

 二人の関係が発展しなかったのは、三四郎の選択でもある。三四郎も、頑固な男だと思うよ。

 わたしは美禰子の、幸せな未来を願う。

 この時代の生活風俗がいいなあ。黒い髪。鼻緒。帽子。羽織。縁側。隣から箒やハタキを借りるとか。

 小説は、日本の小説は、行間も読むということを、思い出した。

 わたしは自分とかけ離れた世界を想像して遊んでいるのが好きなのだが、小説を読むと、自分自身について考えざるを得なくなる。