たの葉の物思い 

たの葉が思ったことです、主に本を読んだ感想、ときどき、それ以外

「彼岸過迄」「行人」 著・夏目漱石

新潮文庫

彼岸過迄

 世間の片隅のロマンチック。ステーションの雑踏からの冒険。そうして、家族の風景へ。

 遠くを見て、近くに目を向け、中に入り込んだ。

 森本の洋杖。宵子の赤いリボン。千代子の島田髷。映像がまぶたに浮かび、残像となった。

 啓太郎に、物足らない所と、仕合せな所。読者の、わたしの、物足らない所と、仕合せな所?

「行人」

 大きな黒い眼の、心を病んだ娘さん。冷淡、魂の抜殻、直の個性。昔、結婚がかなわなかったことのほうが、目が見えなくなったことより苦痛だった女性。この作品のなかで、わたしの心に響いた声。そしてわたしの心に残った、影であり、彩。

  ふと、この時代より前の男ならば、妻がなにを考えているのか、悩む必要はなかったのかもしれないと思った。ひと昔の知識人ならば、妻という身近な自分の女に、関心を向けなかったのではと。妻を理解しなくても、平穏な夫婦でいられた時代は終わったのか、男も変わったということか。いや、単に、一郎という男の性格・狂気・病気かな…。一郎。今のところ、他の女性に逃げず、離婚を考えず、自分の妻のことを気にし続けるのは、かわいいと言えなくもないかも、いやでも、怖いしおかしくなっていくし、暴力を振るったから、やっぱり駄目です。

 近代人でも知識人でもないし、現代の凡人に過ぎないわたしは、思ってしまう。こんなにいろいろ突き詰めて考えなくていいのに。

 もともとわたしは近代の皇族・華族に興味がある。上流階級の人たちの生活や人生についての本は、これまでいろいろ読んでいたのだけど。この時代の知識人って、日本と西洋、江戸と明治のあいだで、思想が信念が、揺れ動き、葛藤して、大変だったのか、しかもまだ精神分析の類は普及していないしと、夏目漱石を読んでいて、思った。