たの葉の物思い 

本を読んで、たの葉が思ったことです、ときどき、それ以外

「高野聖・眉かくしの霊」 著・泉鏡花

岩波文庫

  泉鏡花の書く世界。ずっと、わたしが好きそうだと、思っていた。だけど、実際に読んだことはなかった。以前、少し読んで、文章が難しい、お馬鹿さんなわたしには読みにくいと感じたからだ。だけど今回、読んでいくと、文章や言葉の、癖のようなものに、慣れてきた、ような、気がする。立ち止まって考えるより、とにかく、読もうと思った。

高野聖

 題名が、良い。

 僧侶が語る。だけど、聞こえてくるのは、力強い念仏でも厳かな説法でもなく…。

 岩の向こう、どこまでも続く草深い径。叢から現れる蛇、蛇が通る路。暗い森、蛭が生る木々、蛭が泳ぐ泥。

 一軒の山家。美しく、清しく、やさしく、現れた婦人。裏の崖の綺麗な流。花の中へ包まれたような。豊な、ふっくりとした膚。与し易い、そして犯すべからざる。あるときは愛嬌と嬌態、あるときは神か魔か。

 いろいろな表情を見せる不思議な女性に引き付けられて、亭主とか馬とか蝙蝠とか猿とか、気にしていなかった。盆を膝に構えて肘をついて頬を支えて、嬉しそうに見ているって、可愛いなあ。白桃の花が流れる。引き返そうとしたこと、共感する…。

  だけど、深山の孤屋の、謎と魅惑は、「魔」だった。妖しい真実に、うっとり…。

 最後の一文が、良い。題名に、見合う、似合う。目が覚めて、理性を思い出し、清々しく、日常に、帰った。

 ただ、美しい恐ろしい女性、退治されませんように! いつまでもいつまでも、そこにいて、男たちをもてあそんでいてください…。

「眉かくしの霊」

 夜、暗くした部屋、布団の中で寝そべりながら、手元の読書灯だけで、読んでいたら、怖くなった…。泉鏡花のお化け物話、見くびっていたかも…。

 そういえばわたしは、欧米のホラー映画は、なんとか見ることができるけれど、日本の、東アジアの、ホラー映画は、駄目、無理、絶対見られない絶対見ないという、人間でしたよ…。

 旅情を、楽しんでいた。弥次喜多のゆかりの地。旅籠屋、熊野の皮、大火鉢の青い火さき。つぐみの料理。つぐみを食べた芸者の赤い口、山の化身のような、怖いと思わなかった、妖しい綺麗な情景だと。澄み切った空の冬の陽、白い雪、鯉の赤と紫。旅情を、楽しんでいたのだ。

 蛇口の水の音、さらさらとした水の音、何気なく読んでいた。ちゃぶりと、湯を使う音。巴の提灯。ひやりとした。そして、姿見に向かった後ろ姿の女。美しい黒い髪、円髷の、白い手で化粧をし、こちらを向く。映像が、まぶたに浮かんでしまい、ぞくりとした…。

 山王様のお社。可恐い、お美しい、御婦人、眉をおとした。桔梗の池の奥さま。由来や事情はよくわからない、けど、想像して、思い浮かべると、怖くて美しくて、胸に沁みた。

 さらさら。川の音。蛇口の音。目の前に現れた提灯。桔梗の池の奥さま、いえ、お艶さん。眉かくし。眉を剃っているイコール既婚者の女性。女心を表していたのね…。

 女の魅力に比べて。画師さん、ひどいよ。画師さんが来ていれば、お艶さんは死ななくてもよかったのに。学士先生も。若夫人を、許してあげて、庇ってあげて、母親から、助けてあげてください…。