たの葉の物思い 

本を読んで、たの葉が思ったことです、ときどき、それ以外

講談社学術文庫「<イスラーム世界>とは何か  「新しい世界史」を描く」

著・羽田正

 ぱらぱらと流し読みし「へえ、変わってる」と、興味が湧いて、購入。

 イスラームに関する一般人向けに書かれた本を、これまで数冊読んできた、わたし。読み終えた感想の一つが、「こういう内容は、読者に一般人も想定される本としては、珍しいんじゃないかな。」だった。

 なにを、変わってて珍しいと思ったって、その視点。

 イスラームという、宗教の説明でも、諸国諸王朝の歴史でも、ないのです。

 イスラーム教徒・ムスリムが、自分たちの世界を、どのように考えていたか。ヨーロッパの人々が、ムスリムが暮らす地域を、そして自分たちの世界を、どのようにとらえていたか。

 この本の目的は、最初に述べられている。「イスラーム世界」という単語の有する歴史的背景を明らかにする、「イスラーム世界」史が生まれた歴史的背景と過程を明らかにする、従来の「イスラーム世界」の歴史の叙述方法を再検討する。

 現実について、と言うより、現実をどのように解釈してきたか。

 だからこの本においては、「イスラーム」だけでなく、それを巡る研究者・知識人たちの存在も、重要なんだ。

 「イスラーム」という舞台の、舞台の裏を、あるいは楽屋を、見せてもらったという感じ、かも。

 イスラームに限らないことだけど。イスラームという現実。わたしはそれに、そのまま、ありのまま、触れているのではない。それを伝え、語り、書く人々がいる。わたしは、そういう媒介者・仲介者を通し、それに、触れる。媒介者・仲介者の、頭のなかと心のなかというフィルターにろ過された結果を、受け止めている。どういうフィルターか、知っておくべきですね。媒介・仲介するものは、個人であり時代でもあり政府でもあり、意志であり感情であり。

 今の時代は「読んで、知った」ことより「見て、知った」ことのほうが多いのだろう。直接見る、ことはできなくても、画面越しで、リアルタイムで、見ることができる。だけど、やはりそれは、その現実、そのまま、ありのままではないのだと思う。どんな映像も、限定的な情報に過ぎないんだと思う。

 わたしは題名の「イスラーム」という言葉に惹かれ、この本を手に取った。「「新しい世界史」を描く」という部分は、気に留めていなかった。だけど、イスラームのお話だけでは、なかった。

 題名から想像した以上に、広く、大きく、深い、お話でした。

 

 序章 「イスラーム世界」という語のあいまいさ。

 「イスラーム世界」。「なんとなくわかった気になって、読み流してしまう言葉」、はい、そのとおりでした、だけど。

 この本を読み終え、この語の、適切な使いかたを、知った。知って良かったと、心から思った。

 ともかく、まず、序章です。

 「イスラーム世界」という語の、定義の整理。

 (1)理念的な意味でのムスリム共同体

 (2)イスラム協力機構

 (3)住民の多数がムスリムである地域

 (4)支配者がムスリムイスラーム法による統治が行われている地域(歴史的イスラーム世界)

 (1)は超時代的、理念的、(2)と(3)は現代に関わり、現実に存在している空間、(4)は歴史的、超時代的。地理的にはっきりと境域を決定できるのは(2)だけで、…。

 ややこしい!

 理念と現実が一緒になってしまっているからだそうです。

 専門家のかたたちにとっても、複雑でわかりにくいそうです。

 本や新聞やテレビ番組で見かけそうだし、気軽に何気なく使ってしまいそうな、この言葉からして、このややこしさ。一般の人々がイスラームに対して適切な知識を持ち正しく理解することへのハードルは、高いのか。

 さらっと書かれている、「イスラーム世界」通史の要約。「~、オスマン・サファヴィー・ムガルという三つの強大な王朝が並び立つ十六ー十七世紀は、前近代「イスラーム世界」の絶頂期であることが強調される。」という文章に、興奮した、オスマン・サファヴィー好きのわたし。

 第Ⅰ部 前近代ムスリムの世界像と世界認識。

 第一章 前近代ムスリムの地理的知見と世界像。前近代のムスリムは、現実に人々が生きているこの世界を、地理的に、どのように認識・把握していたのか。ムスリムの手による、いわゆる地理書をから、検討していく。

 地理書から、地理以外のことも、読み解くことができるのね。

 「ムスリムは決して今日のヨーロッパ地域の方だけを向いていたわけでも、とりたててそこから顔を背けていたわけでもない。」

 「~ヨーロッパ対イスラームという視点から前近代のムスリムの世界像を論じれば、結果としてその全体像を見誤ることになりかねない。」

 「ラテン・キリスト教世界」という、なじみのない言葉が出てきた。脚注を読み、理解した。「地理的な意味での「ヨーロッパ」と理念としての「ヨーロッパ」は厳密に区別されなければならない。」「~、十八世紀以前の歴史を扱う際には、「ヨーロッパ」という語の使用には慎重であるべきだと考える。」

 第二章 前近代ムスリムによる世界史叙述。世界と人類の歴史がどのように描かれているのか。歴史書文献から、「世界史書」から、検討していく。ただあくまで、代表的なムスリム知識人の歴史観

 だけど、まず。脚注の「歴史という言葉に「存在としての歴史」と「記録・叙述としての歴史」という二つの意味があること、~」という文章に、はっとした。歴史が好き、歴史に萌える、わたしである。この二つの歴史を混同してはならないと、肝に銘じた。

 「陸地や海洋について、人々がある程度まで同じ地理情報を共有するようになった地理的認識の場合とは異なり、歴史意識や歴史観の場合、問題はそれほど単純ではない。」

 「世界史をどのように書くかという点で、世界の人々の間に合意はない。」「数学や理科の基礎的な定理や法則は世界共通である。しかし、世界共通の世界史はないのである。」

 アラビア語世界史書とペルシア語世界史書の、違いが、興味深い。原則としてペルシア語文化圏にしか関心を示さなかったというペルシア語世界史書を、ほほ笑ましいと思った、ペルシア好きのわたし。

 「~「イスラーム世界」の四つの語義のうちで、(4)の「ムスリム支配者の統治する空間」という意味だけが、ムスリムの手になる地理書や歴史書の一部で用いられていたことが明らかとなった。」

 「では、単純で分かりやすいこの語義が、なぜ現代の複雑な意味へと変化したのだろうか。」

 第Ⅱ部 近代ヨーロッパと「イスラーム世界」。今日ヨーロッパと呼ばれる地域、とりわけその西北方地域で、イスラームはどのように認識されていたのか。

 少なくとも十八世紀後半頃までは、ヨーロッパ諸語で記された文献においては、東方地域を漠然と「アジア」または「オリエント(東方)」と呼ぶのが通例だった。

 エルンスト・ルナンの、イスラームに対する否定的な見方。これほど理路整然とした偏見、なんだか逆にかえって、愉快よ。

 十八世紀の後半から十九世紀の後半までの百年の間に、ヨーロッパ知識人の世界像やそれに基づく思想、さらにそれらの影響を受けたムスリム知識人は大きく変化した。

 十九世紀に入ると、「ヨーロッパ」と「イスラーム」という二項対立の図式が浮かび上がってくる。

 「~、人々の間で、進歩し、世俗化し、文明化したプラスの「ヨーロッパ」という考え方が強まるにつれて、そこから除外されたその周辺のムスリム居住地域が、マイナスの「イスラーム」世界として、あぶり出されるように姿を現した。」

 「「ヨーロッパ」と「イスラーム世界」は、その意味で正に双子の概念だった。」

 アフガーニーが目指すプラスの「イスラーム世界」。やはり十九世紀ヨーロッパにおける社会変動や思潮の影響によって創造されたと考えてよいのではないか。

 もしかして。現代のあれこれの、世界のあんなことやこんなことの、根源は。さかのぼってさかのぼって考えると。

 イスラームに、悪役としての生命を与え、悪役として成長させたのは。

 十九世紀ヨーロッパ…?

 皮肉…。

 第三章 東洋学と「イスラーム世界」史研究。

 東洋学とは。文字資料の少ない「未開」地域を理解するための学問とされる人類学とならんで、非ヨーロッパ地域を理解するための学問とされた。って、人類学と同じ項目だったとは。

 対して、歴史学は。ヨーロッパの起源を探り、その歩みを明らかにするための学問。

「~、停滞したままで進歩しないヨーロッパ以外の地域は基本的に歴史学者の関心の外に置かれた。そこは、東洋学者や人類学者、それに民族学者らの活躍する領域だったのである。」

 東洋学って、不思議な立ち位置。それにしても、当時の西欧人のこの考えかた、この区別、すごいです…。

 フランス、イギリス、ドイツ、ロシアなどでは、十九世紀から遅くとも二十世紀の初めまでに、「ヨーロッパ」とこれに対になる「イスラーム世界」という空間概念が創造され、その枠組みに従って、歴史を叙述しようとする試みが行われるようになった。

 「イスラーム史」を叙述することがいかに難しいか。「ヨーロッパの歴史学者はオリエントの言葉が読めないし、東洋学者は膨大な現地語文献の解読に忙しくその成果を総合するところまではなかなか到達しないから」って、面白い!

 バーナード・ルイス。「ルイスがイスラームや「イスラーム世界」に対して抱く思い入れは、あえてたとえれば、優位にある者が劣位にある者をかばい、手をさしのべるような感覚を読む者に抱かせる。」

 「~、ムスリムの友人を多く持つルイス自身は、あくまでも自らの研究対象である「イスラーム世界」に純粋な愛情を注いでいるつもりに違いない。否定的にしか評価できないものを研究するのは困難である。」「嫌いなものを研究するために、苦労してアラビア語トルコ語を学ぶことは、強制されない限りありえない。」

 「ここに現代にまで至る西洋の研究者による「イスラーム世界」史叙述に特徴的な「意識のねじれ」の構造があらわれている。」、現代にまで、至っているのね…。

 十九世紀のヨーロッパで創造され、明らかにバイアスのかかった「イスラーム世界」という概念。そして、アラビア語の古典的な歴史書や地理書の一部に見られる「イスラーム世界」という空間認識。前者は地理的な領域を持たない。後者は現実的に地理的な領域を持っている。本来結びつくはずのないものを、無理に結びつけて形成された「イスラーム世界」史、これは、現代の私たちにとって、意味はあるのか。

 現在の中東諸国の歴史教育。意外。

 イランの場合は。歴史の舞台は、常にイラン高原、アラブ人やトルコ人その他多くのムスリムの歴史をも含む「イスラーム世界」史という考え方は、志向されていない、という事情は、意外ではなかった。

 だけど。トルコのトルコ史テーゼ。この歴史観におけるイスラームの扱いは無いに等しい、むろん「イスラーム世界」史という枠組みもありえない、って、驚いた。

 第Ⅲ部 日本における「イスラーム世界」概念の受容と展開。

 まず。「中東」とは二十世紀になってから成立したきわめて現代的な地域認識の述語。

 日露戦争の勝利、満州への政治・経済的進出、この地に移住してきていたタタール系のムスリムとの接触。へえ、タタール系のムスリムが、日本の「回教圏」研究の始まりなのね。

 それにしても、時代が…。「~、地域研究と現実の政治の関係はきわめて微妙で、取り扱いが難しい問題なのである。」

 「~、日本では「回教圏」すなわち「イスラーム世界」という概念は、1930年代になってはじめて「発見」され、急速に普及した。」

 「国際政治の環境が、当時の日本人にパン・イスラーム主義に淵源を持つ回教圏概念を「発見」させ、これを滋養させたのである。」

 1942年、回教圏研究所による「概観回教圏」の出版。「ヨーロッパにおいてまだ具体的な「イスラーム世界」史の描き方が確立していなかったこの時期に、日本の研究者が独自の観点から記したこの回教圏史は、回教圏を実在の時空ととらえそれ自体の歴史を描こうとする際には、ひとつの有力なモデルとなりうるだろう。」

 戦後のイスラームや「イスラーム世界」研究の重点はいわゆる中東地域に置かれている。ああ、やはり時代が。「研究者は、政治や研究対象との距離をどのようにとるべきなのだろうか。」

 戦前・戦中の研究者の言う「回教圏」とは、理念としての全ムスリムの共同体であると同時に、現実にムスリムが多く居住する地域。理念と現実を一体のものと考えるこの独特の概念は、現代の研究者でまで受け継がれている。

 「一般に、日本人の「イスラーム世界」史研究者は、研究対象であるムスリム諸社会に深い共感を抱いている。」、だから、日本人が書いたイスラームに関する本を読むたびに、読むごとに、イスラームに、惹かれていくのだろうか。わたしが敢えてそういう本を選んでいると思っていたのだけど。もしかして、日本人が書いたイスラームを完全に否定する本は、見つけるほうが、難しいのだろうか。 

 脚注で。現在、日本の多くの大学で「イスラーム世界」史が東洋史の範疇に入っているのは、アジア主義大東亜共栄圏構想の遺産とも言える、のですって。学者でも教育者でもないのに、なぜかなんだかなんとなく、西洋史より東洋史に入っていてほしい、東洋史に入ってくれてよかった、と思った。意外なものの意外な功績。

 この本、脚注もしっかり読まないともったいないし、誤解してしまうかも。

 終論 「イスラーム世界」史との訣別。

 イスラームは他の宗教とは異なった特別な信仰体系だという主張。

 「「イスラーム政教分離はありえない、イスラームだけは特別だ」という言説は、~「イスラーム世界」という概念を依然として必要とする十九世紀ヨーロッパの知識人的思考を持った人か、イスラーム主義者、ないしはイスラームに重要な価値を見出す人々のどちらかから発せられているとみてよいのである。」

 「イスラーム世界」史という考え方は、「近代」に特有の歴史認識。「十九世紀的世界認識に基づく地域設定は、現代世界の成り立ちを理解するための世界史にはもはや不要である。」

 今後私たちはどのような場合に「イスラーム世界」という語を使えばよいのか。

 序論で述べた、(1)理念的な意味でのムスリム共同体、の意味で。

 「私の提案は、あくまで理念としての意味でのみ、「イスラーム世界」という語を使用すべきだということである。」

 補章 「イスラーム世界」とグローバルヒストリー ー十五年後の世界で。

 本書の原著が刊行されたのは2005年。この文章を記しているのは、2020年の暮れだと述べられる。

 「~「イスラーム世界」という語を理念としての意味でのみ限定的に使用すべきだとする原著の主張を変更、修正する必要はないと考えている。」

 「現実の世界の状況を説明する際には、誤解を避けるために、「イスラーム世界」という語ではなく、「すべてのムスリム」という表現が用いられる方がよいとも思う。」

 世界史を語る言語。研究者の立場性。

 「空間や言語などある特定の条件の下で一つの概念が生まれ、それが他の地域や言語に伝わり、そこでまた独自の意味を獲得して行く。「イスラーム世界」という語は、その一例である。」

 「この現象をグローバルに、歴史的な観点から把握し、地域や言語ごとの特殊性とそれらを超えた共通性や知の運動を理解することは、新しい世界史の構想にとって非常に重要である。」

 「十五年前に出版され、日本語における「イスラーム世界」概念の批判という使命を果たした原著は、本書によって、グローバルヒストリーという手法を用いた新しい世界史構想のための一つの材料として新しい生命を与えられたと言えるだろう。」

 

 「イスラーム世界」という、単純な言葉が、複雑でわかりにくい言葉になってしまった原因は、近代ヨーロッパ。

 わたしたちが、何気なくなんとなくイメージしているであろう「イスラーム世界」は、近代ヨーロッパが生み出した姿。 

 そしてそれが、現代の世界に及ぼした影響を踏まえて。歴史とは何か。歴史はどのように書かれるべきか。新しい世界史が必要だ。

 -が、わたしが、読み取ったこと、です。

 この本から「<イスラーム世界>とは何か」を教えてもらった。そしてさらに、イスラーム世界史やヨーロッパ史を無批判に世界史叙述の単位とするべきではないこと。世界史はどのように叙述されるべきか、ということまで。

 「世界史」という舞台の、舞台裏を、楽屋を、ほんの少し見せていただいたという感じ、でもある。舞台裏の活気に、希望を感じた。

 歴史学者に何ができるのか。「~、国や地域同士の対立を生む歴史解釈ではなく、「地球の住民」意識を人々に植え付けるような世界史の解釈と理解を生み出すことも、重要な貢献となるはずだ。」

 「おわりに」「補章」「学術文庫版のあとがき」を読み、この本を、「へえ、変わってるなあ」なんて、軽い気持ちでなんとなく手に取った自分に、恥じ入った。著者のかたの思いに、感動した。

 現実の社会と歴史研究はつながっている。

 歴史学歴史学者は、この世界に絶対必要だと思った。

 わたしは、イスラームの歴史が好き、日本の歴史が好き、特定の地域の歴史を知るのは、楽しくて面白い、これからもそういう本を読む、そして、新しい世界史も、読みたい。

 わたしが、見つけやすく、買いやすく、読みやすい、文庫本として発行してくれて、ありがとうございました!

   (2021年2月9日 第1刷発行)